よこはま物語その24
若葉町二丁目にあった伝説のお店「根岸屋」。昭和30年代に2階建になりました。
前回のよこはま物語その23で、黒澤明監督の映画「天国と地獄」の、黄金町を舞台にした一場面を紹介いたしましたが、誘拐犯人竹内銀次郎の共犯者死亡がマスコミの協力で明るみにされず、まだ生きている可能性を恐れた竹内は、証拠隠滅のため共犯者を殺害しようと、純度の高いヘロインを入手するため伊勢佐木町にやって来ます。
そしてヤクの売人と落ち合う約束をした場所が、この「根岸屋」でした。
映画では、実際の倍以上の大きさのセットを造ったそうです。
根岸屋で、ヤクの売人を待つ竹内。モノクロ映画でしたが、「椿三十郎」と同じ手法で、目印の赤いカーネーションだけ色が付いていました。
尾行している刑事たちの変装が、このお店のお客達そのものでした。
船員、サラリーマン、愚連隊、ヤクザ、沖仲仕、浮浪者、売人、遊び人、華僑など。
もちろん変装してない洋パンさん(外人相手の売春婦)、夜の女の人、おかま、GI達も実際にたくさんいました。
外壁に「根岸屋総本店」の看板がありますが、女将のスミさんの縁者の方々が戦前から横浜で根岸屋というお店をいくつかやっていたので、区別するためにそうしたそうです。
また、「INTERNATIONAL RESTAURANT」の看板もあります。
根岸屋は、開業時から当時としては画期的な24時間営業の大衆酒場で、ここには世界中のお酒が揃っていました。
洋酒、日本酒、焼酎、ビール、カクテルの他に、朝鮮や中国のお酒もありました。
料理は、寿司・天ぷら・焼き鳥・すきやき・そば・うどん・ラーメン・カレーライス・丼もの・中華・洋食、そしてお雑煮もありました。
もちろん横浜名物ナポリタンもありました。
根岸屋入口で靴紐を締めるGI。昭和21年当初の根岸屋です。
根岸屋は、坂元明・スミご夫妻が1946年(昭和21年)に創業しました。
入口には枝ぶりの悪い松の木と貧相な植込みがあり、黒い瓦屋根で漆喰の壁。
最初は平屋でした。
実際の根岸屋店内風景
根岸屋は伊勢佐木町通りのオデオン交差点を真っすぐ行って、二本目の伊勢佐木町四丁目を右折して、すぐ左側にありました。
少し先には、美空ひばりの弟である かとう哲也(芸名小野透でコロンビアから1957年に歌手デビューしましたが、ほとんど売れず、1年後には美空ひばりの映画で俳優デビュー)が1960年代から経営していたグランドキャバレー「おしどり」がありました。
しかし、かとう哲也は山口組系益田組の舎弟頭でもあり、傷害、暴行、賭博、拳銃密輸などで何度も逮捕され、「おしどり」は1970年代に潰れてしまいました。
かとう哲也を可愛がっていた根岸屋の女将 スミさんは横浜では有名な女傑で、その度に警察に行って、かとう哲也を助けたそうです。
もちろん美空ひばりもスミさんの所に何度もお礼に来たそうです。
映画「新宿アウトロー ぶっ飛ばせ」 根岸屋から出てくる原田芳雄
藤田敏八監督の映画「新宿アウトロー ぶっ飛ばせ」(1970年公開、主役:渡 哲也)の中での1シーンです。実際の根岸屋の前で撮影してます。
白いスーツに濃いブルーのシャツ、そして赤いネクタイが時代を感じさせますね。
渡 哲也も原田芳雄も亡くなりましたが、僕は原田芳雄の大ファンでした。
原田芳雄が歌う「横浜ホンキートンクブルース」も最高ですよ!
映画「新宿アウトロー ぶっ飛ばせ」 根岸屋店内で立ち上がる原田芳雄
このシーンに出てくるような楽器演奏者の方が実際の根岸屋にもいました。
特にかんかん帽をかぶってストライプのジャケットを着たトランペット奏者の方が人気でした。
たまに店の中でチンドン屋さんが回っていたり、おかまのお姉さんが踊っていたり。
朝になってもそのまま仕事に行く人が多く、7時8時までいつも満員でした。
天井には提灯が並んでいて、割烹着を着た大勢の仲居さんが酔っ払いの荒くれ相手にお世辞を言ったり、叱りつけたりしながらお酌をしてました。
そしてここにはすべての人種・階層の人達がいると言っても過言ではないので、毎日必ずケンカが起こりました。
そうすると、片腕のない用心棒の日高さんが登場し、うまく収めるのです。
GI、船員、愚連隊同士の人数の多いケンカは、日高さんも諦めムードで静観してましたが。
すぐ傍の交番のお巡りさんと伊勢佐木警察署は24時間きっとたいへんだったと思います。
僕は20歳くらいの頃、福富町のナイトクラブやサパークラブでバンド演奏をしていました。
よく朝方ご飯を食べに行きましたが、泥酔したお客が多く、からまれたり乱闘に巻き込まれたりした思い出が何度かあります。
朝ご飯を食べるのが目的だったので、残念ながらいい思い出はありませんでした。
そんな伝説の根岸屋でしたが、1980年経営不振で閉店後、その年の11月20日に伊勢佐木町の大火事で焼失してしまいました。
東神奈川駅前 かなっくホール1階にある大衆酒場「根岸屋」
現在も東神奈川駅前で営業している大衆酒場「根岸屋」があります。
実はここのご主人 新井正二さんは、坂元スミさんの縁者で根岸屋開業時からお店を手伝っていた、新井正太・リヨご夫妻の息子さんなんです。
和食のみの家庭的な静かなお店です。
とっても安くて美味しいお魚料理が自慢のお店です。
一度訪れてみてはいかがでしょうか?
伝説の根岸屋のお話が聞けるかもしれませんよ!
東神奈川駅前 大衆酒場「根岸屋」ご主人 新井正二さん